流木を拾いに、新潟・日本海へ。
どこからか流されてくるものは、木もあれば生活から生み出されたゴミもある。
不要になったモノが行き着いた浜辺を目指す。
綺麗に整備された夏の海水浴場とは違う、本来の海という姿が見えてくる。
日本海の見せる表情は独特だ。
予想以上のゴミの多さに驚く。
ペットボトル・瓶・発砲スチロール・靴など様々。
漠然とした悲しみを感じながらも、
その場に面白いものがあるという期待と好奇心は消すことができない。
どんな流木を拾うのか、始めは解らず
一体何になるのか何にしたいのかも解らず
気になるモノに手を伸ばす。
場所を変えながら、時間が経つに連れて選ぶものも変化してくる。
何の種類の木なのか、何処からどうしてカタチを変えここに辿り着いたのか。
波と時間がつくった造形。
「ものをつくる」ことの「もの」と「つくる」の関係性を真剣に考える。
何が大切なことなのかを。

誰かと言葉を交わしたくなる夜がある。
誰と?ではなく、きっと誰か。
そんなことを感じているうちに夜は更けていく。
流れる音に「街」の言葉。
「街」という言葉から浮かぶのは、自分が観て感じてきた都会の空気。
ここに「街」の空気はない。また別の空気。
それと同様に「人」にも違いを感じる。
いろいろ違くて、自分も別々で、結局どれも一緒なのだろう。



東京、鎌倉へ。
欲しいモノではなく、必要なモノが手に入るという便利さ。
「相変わらず」な関係。
重要なのは、カタチそのもの以上に込められた想い。
共有から共鳴を。
海を見て、想うことに変わりはなかった。
やっぱり海が好きだ。




3月。冬の終わりが近づく。
ベルにて、皆でかまくらをつくってキャンドルを灯した。
初めてのかまくら作り。
皆で苦労しながらも、ひとつのモノをつくることの喜びと楽しみ。
白い雪に広がる柔らかい光。
いつもの不安定な冬の時期に、少しの安らぎを得た夜。