「運命」という言葉は、時に都合の良い言葉だったりもする。
納得するために。受け入れるために。
言葉の意味には「元から定められている巡り合わせ」とあるけど
自分で導き出し切り開ける「運命」があるとすれば
そこに嘘や誤摩化しは通用しないし、
後悔の念だけは残してはいけないのだろう。
それは定めの「運命」ではなくて
自らが活かすも殺すもどちらにもできる
「運命」と感じられる想いなのかもしれない。
仕事前に飯縄山へ。
戸隠〜高妻山。八ヶ岳。北アルプス。
遠く槍ヶ岳まで広がる景色。
長野に戻ってきた頃、気持ちを切り替えるためにこの山を登ったことを思い出す。
今シーズン3度目の唐松岳へ。
14人の大所帯。
山小屋はすでに閉まり冬支度。
ガス、そして雨の中、皆でゆっくりと前へ進む。
ひとり歩く。
みんなと歩く。
秋の山。


飯縄山 1917m



唐松岳 2696m /北アルプス
ルート/白馬八方〜
近くを想う。
遠くを想う。
あの日以降、「やる」を選んだ人もいれば
「やらない」を選んだ人もいるだろう。
日常の中での「力」の使い方を考える。
1つの「やらない」がもうひとつの「やる」に注がれる。
頑張れる。
結局は「力」の使い方。
「特別なことをするわけでなく、丁寧に生きたいと思います」
東京の友人からのメール。
「丁寧に生きる」
心奥にぐっとくる言葉。
再度、北アルプス後立山連峰の唐松岳へ。
今回は一日晴天。
力強い白馬三山の姿。
頂きにポツンと建つ山荘の姿は、どこの山でも心を掴む。
頂上へ到達しても、そこから山々へと続く道が広がる。
終わりはない。




唐松岳 2696m /北アルプス
ルート/白馬八方〜